秩父観音霊場・札所めぐりで使うGPS対応巡礼地図を作りました。
長野県にある善光寺の御本尊は阿弥陀如来ですが、【絶対秘仏】となっていて、誰も見ることはできません。住職でさえ礼拝できないんです。ところが、7年に一度は期間限定で御開帳は実施されています。
どういうことか?それは、秘仏を模写した全く別の前立本尊と呼ばれる仏像を、7年に一度だけ公開するんですね。言い換えれば、前立本尊が秘仏化しているということにもなります。
秩父札所の御本尊も同様に【秘仏】ではありますが、拝観はできます。ただし12年に一度だけ、その特別公開(御開帳)が2026年(令和8年)にあたるわけですね。
前回は2014年(平成26年)、公開直前の2月14日には、秩父の観測史上最大級(積雪98cm)の大雪に見舞われた年です。また、笑っていいとも!が最終回(2014年3月31日)となる年でもありました。すでに記憶が断片化し、セピア色になりつつある。それくらい昔の話に思えます。
通常、御本尊は【厨子】という観音開き(両開き)の箱に安置されていて、その年の干支が午(うま)の時に、扉を開けて一般公開されます。そして、あの大雪から12年、セピア色の記憶を呼び戻すように、この年がやってきました。ぜひこの貴重な機会をお見逃しなく!
それは、江戸時代に編さんされた【新編武蔵風土記稿】の中に秩父札所の起源が書かれているんですね。
ここからは伝説になりますが、1234年(文暦元年)甲午の3月18日に、権者と称する閻魔大王、倶生神、花山法皇、性空上人、春日開山慈恵上人、白河法皇、長谷徳道上人、良忠僧都、通観法師、善光寺如来、妙見大菩薩、蔵王権現、熊野権現、らの13人が菅笠、草鞋、竹杖、笈摺の格好をして秩父巡礼をおこなったとされています。
それを機に、諸国から秩父巡礼への参詣が絶え間なく続き、午歳になれば34の霊場で御開帳があったこと、また、霊場には幕府から朱印状が送られ、年貢が免除されたことなどが書かれています。
したがって、新編武蔵風土記稿が編さんされた文化年間(1804年から1818年)には、すでに午歳総開帳はおこなわれていたということになるわけです。
以上のことから、1234年(甲午)の13権者(じゅうさんごんじゃ)による巡礼が秩父札所巡礼の始まりとされていて、午(うま)年に始まったことにより、それを祈念する御開帳法会として、古くからおこなわれていたということなんですね。
最初に善光寺の話をした理由、それには意味があって、秩父札所の縁起に関わる13権者(じゅうさんごんじゃ)の中に善光寺如来の存在があるんです。
仏像を秘仏とする理由には、いくつかあって、神格化することで価値を高めることや、防犯上の理由、文化財として保護するなど諸説ありますが、善光寺だけは、阿弥陀如来の託宣(自ら秘匿するよう告げた)があったという伝承が残されています。
秩父札所に関しては、【新編武蔵風土記稿】の中に、古の名僧が霊的な力を持つ観音を彫刻したという記述があります。
ゆえに、神秘的な特性が強く、火災による被災も含めて、保護の観点から、寺宝として秘仏化したと考えるのが一番しっくりきます。結果としては、繋がりの深い善光寺の模倣だったと言えるのではないでしょうか。
2014年総開帳の干支は「甲午(きのえうま)」でした。それは、秩父札所巡礼が成立した1234年と同じ干支であり、60年に一度の大きな節目だったのです。
2014 - 1234 = 780年
780 ÷ 60 = 13
つまり、13回目の「甲午」総開帳でした。
対して2026年の干支は「丙午(ひのえうま)」となります。
2026 - 1234 = 792年
792 ÷ 12 = 66
巡礼成立から数えて66回目という、歴史ある午歳総開帳を迎えます。
2014年(平成26年)は3月1日からでしたが、今回2026年の御開帳は、秩父札所の巡礼成立に合わせた3月18日から執り行われます。また、18日は観音様の縁日でもありますので、初日からの参拝はナイスな選択かもしれません。
巡礼成立から792年、66回目の秩父札所の午歳総開帳で、古(いにしえ)から続く、霊験あらたかな観音像の近くで、心落ち着くひとときをお過ごしいただければと思います。
御開帳の期間は、御手綱と呼ばれる長いひもが観音様とつながっています。
観音堂の前には柱が立ちます。
善光寺の回向柱と似ていますが、五輪塔や梵字があったりなかったり、札所によって違いがあるんですね。卒塔婆でもなく、回向柱でもなく、あくまでも、御手綱を結ぶ支柱ということで、秩父札所独自の文化を築いていますので、柱を触るという思想はありません。参拝の際は、御手綱に触れてください。また、札所ごとにそれぞれの違いを見つけるのも楽しみの一つかもしれません 。