ゆるーり秩父、寺めぐり。【秩父札所編】

祈りを込めて、GPS対応の三十四観音巡礼地図を作りました。江戸時代の道しるべ石を、今の時代に合う形でそっとよみがえらせる。この思いが、サイトのテーマになっています。

秩父札所第31番・鷲窟山観音院の参道脇に咲く白いアジサイを撮影した画像。新緑の中で白い花房がふんわりと並び、山寺の静かな雰囲気が感じられる 秩父札所第31番・鷲窟山観音院の参道脇に咲く白いアジサイを写した画像。手前に白い花房が大きく見え、山寺の静かな雰囲気が伝わる

秘仏は誰のものか?秩父札所の聖域を守るために考えたこと

斎場御嶽の祈りと、秩父札所・観音霊場への静かな敬意

これは2026年、総開帳の年に起きた出来事である。

沖縄の聖地・斎場御嶽にある三庫理を撮影した画像。大きな岩が三角形に重なり合い、その奥へ続く細い通路と周囲の緑が神聖な雰囲気を感じさせる
沖縄・斎場御嶽の三庫理

パワースポットという言葉が好きだ。そんなものが本当にあるのかという疑問も少し持ちながら、心のどこかに、それにすがりたい気持ちもあって、懲りずに各地を巡っている。初めて沖縄を訪れた時も、それを目的に斎場御嶽(せーふぁうたき)に行くと、最深部にある御嶽の象徴でもある三庫理(さんぐーい)の中では、地元の人が真剣に(地面に膝をつけて)祈りを捧げていた。大人気のスポットだけに客足が途絶えることはなく、観光客が行き交うその傍らで、久高島を見ながら祈り続けていた・・・。

画面越しに映り込んだ「撮影禁止」のステッカー

朝起きるとまずはパソコンの電源を入れます。そのあとはルーティン作業で、ウェブサイトの確認を一通りおこなうのですが、えっ、そんなことがーー。

思わず声が出るほど驚きました。

秩父札所の堂内に安置された千手観世音菩薩像のイメージ画像。金箔がところどころ剥がれ、長い年月を経た仏像の落ち着いた風合いと堂内の静けさが感じられる

なんと、秘仏であるはずの秩父札所の仏像がウェブサイトに公開されていたんです。堂内が無断で撮影され、一部には撮影禁止のステッカーまで画角に映り込む始末。驚きの極みでした。

調和しない運営会社の論理と、信仰者の尊厳

でも、その画像から【撮影禁止】が確認できたわけですから、すぐに、そのサイト(ブログサービス)を運営している会社の問い合わせフォームからメッセージを送ると同時に、Googleに対してもフィードバックの送信をしたんですね。

内容はこんな感じです。

※以下、送信内容はわかりやすいように簡略化します。

秩父札所のお地蔵さんのアイコン

【運営会社送信】

撮影禁止の場所がブログに公開されているので確認して

秩父札所のお地蔵さんのアイコン

【Google送信】

秘仏の公開は信仰者の尊厳を著しく傷つける行為で「他者を不快にさせるコンテンツ」に該当するよ

すぐに返信がきました。

担当者を示す人物アイコン

【運営会社返信】

権利侵害の本人なら【削除申請】してね。他者なら【警察】に言って

予想はしてましたがコピー&ペーストで処理したような文章でした。【削除】など言ってもないのに、責任回避して、いきなり店のシャッター閉められた感じです。

というよりも、プロバイダ責任制限法があるので、権利侵害以外の問題には踏み込みにくいのだろうと思います。

サイバー空間に挑む、一人の信仰者の良心

でも、ここからが【スタート】になります。

パソコンから別のパソコンへメールを送信する様子を示すイメージ画像。送信元のPCからメールアイコンが飛び、相手のPCに届く流れが視覚的に表されている

その時点で私が考えていたことを正直に申し上げれば、信仰者としての良心(神聖な場所に対する敬意)が8割、残り2割は、SNSなどを見ていると、事件、事故、天変地異、などの過激なコンテンツが幅を利かせ、善や美が評価されない現状に違和感を覚えており、そこで、インターネット上に【自浄能力】が、どの程度あるのか知りたかったというのが本音のところです。

まずは、再度、運営会社に対してメールをします。それから、もう一つの検索エンジンに対してフィードバックの送信。あと、札所関係各所と当該札所に連絡して、無断撮影の事実を伝えて情報共有することにしました。

秩父札所のお地蔵さんのアイコン

【運営会社送信】

権利問題でなく、貴社のプラットフォーム運営における自浄能力、および企業倫理の観点から再検討して
1. 宗教的感情の著しい侵害(不適切なコンテンツ)
2. 権利を理由に放置するなら、信仰の場の秩序を乱す投稿を助長しているよ
3. YouTubeやGoogleは、不適切な投稿に対して迅速な対応が行われてるよ

秩父札所のお地蔵さんのアイコン

【もう一つの検索エンジン送信】

秘仏の公開は信仰者の尊厳を著しく傷つける行為で「他者を不快にさせるコンテンツ」に該当するよ

秩父札所のお地蔵さんのアイコン

【札所関係各所送信】

撮影禁止の場所がブログに公開されているので確認してね、あと申請すれば消すらしいよ

秩父札所のお地蔵さんのアイコン

【当該札所送信】

撮影禁止の場所がブログに公開されているので確認してね、あと申請すれば消すらしいよ

すぐに、今度はちょっと丁寧に返信がきました。

担当者を示す人物アイコン

【運営会社返信】

弊社では明確に権利侵害情報に相当すると判断することができません。そのため、通報に基づく任意での削除はいたしかねます。

それと、もう一つの検索エンジンからも英文で返信が来たのでびっくりしました。

担当者を示す人物アイコン

【もう一つの検索エンジン返信】

48時間以内に記事と画像のURLを送って

期待を込めて、すぐに送りました。

秩父札所のお地蔵さんのアイコン

【もう一つの検索エンジン送信】

ここだよ https://blog.$$$.jp/###/2026/

すると、すぐに返信が来ました。

担当者を示す人物アイコン

【もう一つの検索エンジン返信】

リクエストは受け取ったよ。でも、コンテンツを管理しているのはサイト運営者だから、そっちに直接言って消してもらってね。

以上が、関係各所とのやり取りのすべてです。

消えかけた自浄能力・想定外の展開へ!

令和8年3月18日から秩父札所の総開帳が始まり、3月23日には問題のサイトを確認しています。そして、3月31日には、もう一つの検索エンジンから最後の返信が来て、3月中にはすべてのやり取りが終了となりました。

結果としては、すべて【ゼロ回答】。僕自身は、ここで問題提起する気は全くありません。

秩父札所を巡礼中の巡礼者が、タブレット端末でインターネットの情報を見て落胆している様子を示すイメージ画像。巡礼道の途中で立ち止まり、画面を見つめて肩を落としている姿が描かれている

ただし、普通、ゴミが落ちてたら拾いますよね。ルールからこぼれ落ちたものを見つけたら、拾わずにはいられなかった。それだけのことです。

巡礼者が白衣を脱ぎ、街中でゴミを拾っている様子を示すイメージ画像。歩道でゴミを拾う姿が描かれ、巡礼の心を日常の行動に生かしている雰囲気が伝わる

実は、結論はまだ先で、一番の核心部分はまだ語っていないんです。ーーそれは何か?

3月28日のAM9:00に確認したところ、当該サイトはGoogleのインデックスから削除されていました。わかりやすく言うと、Google検索に引っかからない状態。すなわち【表通り】から消えたということになります。なぜ消えたのか?その理由を把握することはできませんし、僕自身のフィードバックが動かしたとも思いません。

Google側の何らかの判断が作用した結果なのかもしれません。

日本のブログ運営会社やもうひとつの検索エンジンは動かないのに、世界のインフラは【NO】を突きつけたと、話をまとめたいところですが、完全にブラックボックスなので詳細はわかりません。

それと蛇足ですが、当該札所はもとより、札所関係各所の方からは、返信が届くことはありませんでした。

その沈黙もまた、一つの答えだったのかもしれません。

諸行無常!【撮影OK】に見る、変わりゆく信仰の形

その後しばらくして、出てきたSNSの情報がこれ!

そして上記の引用リポストでは、撮影者に範囲を限定しましたが、寺院の撮影OKというお知らせは正直驚きというか、僕にとってはショックでした。

なぜか?ーーそれは参拝の形は深い信仰だけではないという現実です。その形は、本当に多様になっているのだと思います。 読経する人もいれば、静かに合掌だけの人、観光目的で写真を残したい人もいる。 寺院側も、その間で難しい判断を迫られているのかもしれません。

秘仏は隠すことで価値があって、神秘性を守るべきという考えもあれば、現代社会に適応するための変化をいとわないという考えも当然あるわけですね。

さらに、ふとよぎるのは、撮り鉄への対応を持て余すJRと乗客の三つ巴の構図が、これと重なり合うように見えてしまいます。

秩父札所の秘仏の前で、観光客が三脚を立てて撮影している様子。その周りを数人の巡礼者が静かに取り囲み、祈りの空気と観光の動きが交差している場面のイメージ画像

いっそのこと『堂内撮影OK。ただし志納金壱百万円也』にすれば、特別奉賛者として深い感謝とご縁が生まれますので、全て問題は解決できるのではないでしょうか。

元の木阿弥、そして「無関心」という空気の中で

果たして秘仏は誰のものなのか。モノ(物質的)は寺院の管理。ココロ(精神的)は信仰者のもの。であってほしいと願います。

秩父札所の堂内に安置された秘仏をイメージした画像。仏像が柔らかな光に包まれて輝き、薄暗い堂内に神秘的な雰囲気が広がっている

仏像はただの木を削ったものですが、古来より連綿と続く信仰の対象であって、目に見えないものを見えるようにし、希望と感謝という熱い思いが込められた象徴であることに違いはないわけですから。

話を秩父から最初の沖縄に戻します。

現在の斎場御嶽は【祈りの場】に変化していて、信仰者以外は三庫理に入ることはできません。観光客はカラーコーンとバーで仕切られた枠の外から外観を見て撮影するだけです。

以前のように、観光と信仰が混ざり合うことは無いわけですね。

そして最後に、核心部分になります。令和8年5月6日のゴールデンウイーク最終日に記事を書いていますが、この記事の発端となる【当該サイト】はGoogleにインデックス登録され、ページのタイトルを検索すると普通に出てくるようになっています。早い話が、言い得て妙ではありますが、元の木阿弥(もとのもくあみ)ということです。

火焔に包まれた不動明王を表したイメージ画像。険しい表情の仏像が背後の炎に照らされ、強い怒りと守護の力を象徴する姿が描かれている

一時期は実質的な封じ込めに成功したのは事実です。でも、なぜそうなったのかはわかりません。秩父札所への義理は果たしたし、やるべきことは全てやりましたので達成感しかないんですね。

そうです、【無関心】という空気のなか、ただゴミを拾っただけ。

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サンプル

秩父三社の三峯神社へお参りします。

大輪バス停から三峯神社への表参道を徒歩で登ります。高低差はスカイツリー以上。突発的な熊との遭遇や怪我の防止に全神経を集中させながらの2時間半、いまだかつて一度も経験したことのない不思議な体験をしました。